飲食店経営2005年12月号掲載

松井 香保里 さん

【略暦】
1966年、富山県出身。相模女子短期大学を卒業後、大手食品メーカーに就職し、14年半勤務。食のジャンルで、それまでに培ってきた経験を生かすために 退職。ジャパン・フードコーディネーター・スクールに通いながら、食品&飲食関係のコンサルティング会社の仕事にかかわり、経験を積む。現在は同社との仕 事をしつつ、フリーランスのフードコーディネーターとして飲食関係のコンセプト作成、商品開発、業態開発、コンサルティングなど、広範なジャンルの仕事を 担当している。2003年に「ジュノエスクベーグル東京駅店」の商品プロデュースを担当し、以後同業態の展開に携わる。


国際事業部、事業開発部、経営企画室、まさに企業の花形部門である。松井香保里さんは、大手食品メーカー勤務時代にこうした部門に配属されてキャリアを 積んだ。本人が希望していた商品開発とは部署こそ違うものの、飲食店の業態開発やイタリアン・デリの新規立ち上げなども経験し、はたから見れば順風満帆。 しかし、当時の松井さん自身の心のうちは複雑だったようだ。

 
会社という組織の中で、個人ではどうにもできない限界やもどかしさ。社内でキャリアを積んだ者がぶつかる大きな壁が立ちはだかった。きっと、スル リと上手に擦り抜けることもできたに違いない。しかし、松井さんはあくまでも自身が納得できる道を選択。14年半勤めなじんだ会社を辞めて、リセットする ことにした。「エイッ、と気合もろともといった感じでした。会社を辞めてフードコーディネーターを目指そうというよりも、それまでの経験をフルに生かせる 仕事は何だろうと考えたら、それがフードコーディネーターだったのです」

当面はアルバイトのような形で仕事をしていければと思っていたが、以前から面識のあった食品&飲食コンサルタント会社の社長から声が掛かった。そ こで、松井さんはジャパン・フードコーディネーター・スクールに通いながら、同社の仕事をして、フードコーディネーターとしての実績を徐々に積み上げて いった。「JFCSの講師陣はとてもバラエティに富んでいて、フードコーディネーターという仕事が多岐のジャンルにわたっていること、そして私自身のポジ ションを確認し、それまで私がしてきた仕事そのものが、フードコーディネーターの仕事であることも確信できました」そういった講師陣との交流の機会を得ら れたことと同時に、動機の仲間もたくさんできた。「料理研究家もいれば、テーブルコーディネーターも、飲食店経営者、フードライターなど、まさに多士 済々。私は、そうした気心の知れた仲間に、仕事の内容に応じて呼び掛けて、1つの仕事をやり遂げることができます」こうしたJFCSで得た人的ネットワー クが、食品メーカーでの14年間のキャリアと食品&飲食コンサルタント会社での経験に加味されることにより、松井さんは幅広い活動ができるようになり、着 実に実績につながっていったのだった。

2002年ある日、ベーグルショップの立ち上げの依頼が入った。既に多店舗化を推し進めてきたが、プラン通りに進展しないためにリ・ブランディン グすることになったものだ。「私自身、ベーグルは将来的にもっと日本で普及してほしい食べ物だと強く思っていました。そこで、単にメニュー提案するといっ た断片的な関わり方ではなく、商品とメニューのコンセプト作りから担当させてくださいと申し出ました」

商品開発は、JFCSの卒業生であり、料理研究家の植松良枝氏に担当してもらい、2人で協同作業することになった。「出店立地は、JR東京駅の八 重洲北口。今でこそ「キッチンストリート」という飲食ゾーンが形になり、お客様でいぎわっていますが、話を頂いた時には、単に丸の内サイドとをつなぐ通路 にすぎませんでした」若い女性をターゲットにしたベーグルカフェという、クライアントや施設デベロッパーの意向に対して的確な業態を提案すべく、松井さん は周辺飲食店の現状把握や駅立地の飲食店に求められる新しいスタイルの調査といったリサーチを始めた。そしてリサーチ結果を基に、想定ターゲットに商品の 魅力・企業の考え方に共感してもらえるような新しいメニューコンセプト、具体的な商品プランを練り上げ、プレゼン。見事に採用された。店舗は03年のオー プン以来、松井さんが予測した20~30代の女性客で、常に席が埋まった状態だ。「カフェの売り上げは順調に推移しています。それは、食材のレベルアップ やメニューの仕込み、オペレーション、季節商品の開発など、常に進歩を続ける店舗であるよう努力を重ねていることが支持につながっているのではないかと思 います。今後の課題を挙げるとすれば、テイクアウトの強化を図り、売上げをもっと伸ばしていくことでしょうか」こうした仕事は時間がかかるため、クライア ントはもとより、スタッフとの人間関係を保つことを、松井さんは大切にする。

そして普段の生活でも、とにかく好奇心旺盛で、海外でも積極的に出掛けていく。例えば今年はベトナムで地方ごとの市場、レストラン、屋台、器や箸作りの 見学。ニューヨークでは飲食、食品関係の店舗を焼く50軒回った。そうした経験から、仕事のアイデアやヒントを常に蓄積する。普段の食事や買い物なども自 分のライフスタイルを大切にして物を選び、調えることを心掛けている。そうした実体験による心豊かな視点から「食」を提案していきたい、と松井さんは願っ ている。