飲食店経営2005年1月号掲載

加賀谷 恭子 さん

【略暦】
1972年生まれ、静岡県出身。大妻女子短期大学卒業後サービスにかかわる仕事を志望し、(株)オリエンタルランドに入社。現場でのアトラクション担当か ら新規事業のコンセプト開発、飲食部署のスーパーバイザーまでさまざまな部署を経験。在学中にメニュー提案や企画力を深めたいとジャパン・フードコーディ ネーター・スクールに入学。卒業後、フードビジネスコンサルティングを行う会社「LocoDining」を設立し、そのアンテナショップとなる 「LocoDish」を2006年4月千葉県浦安市にオープンした。


 静岡おでんと旬の野菜料理を提供する「LocoDish」はJR新浦安駅から徒歩20分ほどの高層マンションが林立する新興住宅街にある。同店は2004年4月のオープン以来、周囲の地元客に支持されて着実にリピーターを増やしてきた。

 

 同店を経営するメンバーの一人、増田恭子さんはオリエンタルランド勤務時代にジャパン・フードコーディネーター・スクールに通ったことが契機とな る。「当初は会社で担当していた飲食分野の仕事をより深めたいという動機からでしたが、次第に自分が手掛けてみたい外食の形が見えてきました。もっと面白 くて人間くさい、個性のある飲食店があってもいいのではと思ったのです」

 

そこで、スクールで知り合った管理栄養士の新名寿美代さんと以前からの知人で全国SC接客ロールプレイングコンテストで2位を取ったこともある接客 のプロフェッショナル宇都宮美由紀さんに声を掛ける。一緒に仕事ができるタイミングに恵まれたこともあって、フードビジネスのコンサルティングを手掛ける 合資会社「LocoDining」を設立。そのアンテナショップとしてロコディッシュをオープンした。

 

 加賀谷さんには以前から温めていた飲食店の構想があった。日常食に近い外食、農家の人たちが手間暇掛けて作った食材を手を掛け過ぎず大切に調理し て提供できる店。出店場所もそのような料理を普段なかなか食べることができない新興住宅地やオフィス街にしたいと考えた。ジャパン・フードコーディネー ター・スクールを2003年春に修了後、物件探しを開始。都心は賃料などの問題があり断念し、以前の職場の近く土地勘のあったJR新浦安駅付近に決定。こ の辺りは食に対し感度の高い住人が多く、都心の飲食店に比べてもそん色ないような店舗をつくらないとお客はやって来ない。そこで内装もデザイナーと相談 し、小上がりもカウンター席も備え、親子3世代ファミリーから会社帰りのビジネスマンまで客層を限定しない落ち着いたカフェ風の空間を作り上げた。

 

メニューは牛スジでだしを取る静岡おでんと地元でとれる多古米のおむすび、おみおつけのほかに旬の野菜料理をそろえる。「べにあずま、安納芋、紫 芋、坊ちゃんかぼちゃの素揚げ」「黒はんぺんの網焼きに元祖田尻屋のわさび漬け」など料理名も内容もシンプルに、どれも素材を焼く、さっと茹でる、揚げる などの調理にとどめ、味付けも塩やしょうゆなど。「当初は明らかに家庭料理を打ち出していましたがやめました。やはり家庭の食事に代わることはできませ ん。ですから家庭に続く第二の食卓を目指しています。おでんのテイクアウトを始めたのも、家庭の食卓に少しでもロコディッシュのメニューが上がれば非常に うれしという気持ちからです」

 

当日の野菜の入荷状況で変化するメニューは150円、300円、500円の明快な3プライスのみ。市場に流通するような食材はほとんど使用せず、生産農家 や個人商店から取り寄せる。だから1本250円するような大根を使うこともある。使用する食材の大半が市販価格の1.5倍だ。「そういうときにフードコー ディネーターである力を発揮するのです。素材を生かす料理だと原価率はいや応なく高くなってしまう。そこで私たちは器遣いや盛り付けなどの見せ方やポー ションで工夫をし、内容が貧弱にならないよう、採算が取れるようバランスを取るのです。それに厳しく何もかも決めてしまうのではなく柔軟に、お一人でいら した女性のお客様だったら、1品を半分のポーションで提供する。そうしたらほかのメニューも頼めるし、結果的に皿数は多くなったりします。お客様の反応を 見ながらすべてのバランスを取っていくことが大事です」3人で店舗を運営する利点はそれだけではない。おのおのが調理や接客の経験者でありプロであるため に、営業中も状況に合わせて臨機応変に担当を入れ替わることができる。ロコディッシュという業態は静岡おでんや多古米のおむすびがなくては成立しないわけ ではない。この千葉県浦安市という土地になじみのある食材や出身地である静岡を打ち出した結果だった。だから他の場所に出店するならその立地や客層に本当 に必要だと思うものを提供する。その意味で「ロコ=ローカル」にはずっとこだわっていきたいと増田さんは話す。

 

 同店では今月から平日のランチ営業をしばらく休止することにした。それは今後ロコディッシュを情報発信の場にするべく、準備を始めたからだ。店に 知の要素を作ることが必要と考え、これま店舗にさまざまな書籍を置いたり、写真展を開いたりしていたが、今後はより積極的に地元の地ビールブルワリーと協 力したセミナーや食材の生産者を招いて近隣の子どもたちに向けた食育イベントなどを開催したいという。 現在は評判を聞きつけたり、ホームページを見たりして遠方からお客がやって来るが、ロコディッシュは地元主義を貫き、ほとんど宣伝や販促を行っていない。 客層は平日9割、土日でも半分がリピーターだ。お客に「女性3人で営業していくのは大変でしょう」「このお店がなくなったら困ってしまう」などと心配され たり、気遣いの声を掛けられるほど、同店はこの土地になじんできた。ロコディッシュが経営的に軌道に乗って初めて、他社へのコンサルティング業務にも説得 力を持ちえてくる。そう考えている増田さんは理想に近づくにはまだまだと笑うが、オープン6ヶ月、間違いなくロコディッシュは新しい飲食店の一つの形を作 り上げつつある。