飲食店経営2005年3月号掲載

阿久井 薫 さん

【略暦】
1971年生まれ、東京都中野区出身。玉川大学教育学部卒。学生時代にアルバイトで東芝の新製品を紹介するキャンペーンの仕事をする。その時にタイアップ した富士食品工業(株)の製品キャンペーンにかかわり、そのネ楓を心に留め、9偉に新卒で入社。9踊火、新設されたコンビニエンスストア部門に配属され、 以後、商品開発のマーケティングを担当。デリカ食品部と名称変更になった現在、係長として4人からなるマーケティングリサーチを主体とするフードクリエー ターチームのリーダーを務める。

 富士食品工業は、45年余りの歴史を持つオイスターソースや濃縮スープ・エキスをはじめとする各種調味料の専門メーカーである。その業務内容は、 一般小売用製品の製造販売はもとより、加工食品メーカー、外食チェーン、弁当類などの中食チェーンや別添え製品といったNB・PB製品まで、多岐にわたっ ている。今回、登場していただいた阿久井薫さんは、同社に1994年に入社し、現在はデリカ食品部に所属してコンビニエンスストア(以下、CVS)への販 売活動を円滑に進め、社内外の調整をするフードビジネス・コーディネーターとして、食の最前線で活躍中だ。

 転機が訪れたのは入社して2年半の時。社の方針として、CVSチェーンヘの堅冗活動に力を入れるべくCVS部門が新設され、そのうちのー人とし て、阿久井さんに白羽の矢が立ったのである。部署名がデリカ食品部に変更になった現在、スタッフは8人に増員され、阿久井さんは、その半数からなるマーケ ティングチームのリーダーを務めている。阿久井さんの日常は、クライアントであるCVS本部や、CVSチェーンと専属契約をしているVDR(弁当・惣莱生 産工場)の開発部門に対し、商品のプランニングと提萎目の作成およびそのプレゼンテーションをすること。CVSから受けた要望を白社の研究開発部に具現化 し、商品として形にすること。まさに、企業内のフードビジネス・コーディネーターとしての役割を負っている。「社内には、それまでそうした役割を担うス タッフがおりませんでした。ですから、私が担当した当初は、まさに毎回手探りの状態で仕事をこなす暗中模索の毎日でした」 阿久井さんの手掛けた提釜目は、クライアントから高い評価を得た。しかし、阿久井さん自身は心の中で、「果たしてこれでいいのだろうか」と常に白問する毎 日だったという。

 どうしてもよりどころとなる確たるものを得たいという思いから、阿久井さんは専門機関で社外研修をしたい旨を社に自己申告した。これからの時代、マーケ ティングは販売戦略上、絶対に必要であると確信し、熱く訴え続けた。その熱意が実を結び、2003年4月からー年問「ジャパン・フー-ドコーディネター・ スクール」の講座を受講することができた。「カリキュラムは大まかに分けると、1)フード・コーディネーターとしての基礎、2)商品開発、3)レストラン ビジネス、4)メディア表現力、の4つがありました。その中で、私が一番関心を持ったのは、もちろん商品開発について。それまでに携わってきたマーケティ ングやプレゼンの方法や表現方法は良かったのかどうかを確認することができました。ほかの方のプレゼンの仕方も大変参考になり、手法の幅が広がりました」 講師陣がとても多彩で、いろいろな立場からの話を聴くことができたことも、大きな収穫であり、自信につながった。

CVSチェーンにとって、品揃えの目玉は、弁当、おにぎりをはじめとする中食市場である。商品開発搬学は熾烈で、その余波は阿久井さんたちの仕事に も大きく影響を及ぼしている。メーカーがCVSに新商品を提案する場合、その試作品は必ず前日に作り、一定の時間がたった状態のものを試食する。つまり、 実際に店舗の棚に並べられた状態を想定して試食が行われる。
「社内で研究開発部と試作した時には私の思い描いた味だったものが、ベンダーさんの大型の厨房器具を用いて作ったら、味がぶれてしまうこともあります。そ うした時に、CVSサイドからは調味液で味を微調整してほしい、と言われることが多い。しかし、単に味の調整をするだけで済むことはまれで、必ずオペレー ションや経時劣化なども考慮して組み立て直さなければいけません。味の乗りが悪いからといって、粘度をアップしたら、粘り気が強くて回転釜が作動しなく なってしまったこともあります」
しかも、こうした提案を2週間という短い期限内で行うことも少なくない。そのたびに、20ぺージ前後からなるレポートを作成し、プレゼンに赴く。しかも、商品は2シーズン先取りしたもの。つまり、1月にはその年の7,8月の夏場の商品の開発である。

「ですから、この仕事は先を見越せなければ、クライアントの求める商品の提案はできません。CVSの商品の傾向を読むことはもちろんのこと、トレンドのエ リアやレストラン、メディアなどのチェック、さらにはファッションに至るまで、流行の芽をいち早くキャッチできるよう日々アンテナを張り巡らせて努力して います」レストランや旅先で興味を持った料理はデジタルカメラに収めコメントをメモし、常日ごろから独自のデータ作りを欠かさない。

 最近手掛けた自社ブランドは、04年春に発売された「本厨房.チキンブイヨン」と「同.チキンスープ」である。この製品は、社内で横断プロジェク トチームを編成して開発した「親鶏たっぷり」の素材を重視し、厨房の炊き出しを再現した無添加タイプのスープベース。既に他メーカーでも製品化している商 材であるだけに、クライアントヘの訴求が難しい。まさに、阿久井さんの腕の見せどころである。「当初、外食の厨房を対象にしていたのですが、CVSとも成 約できるまでになりました」と阿久井さんの声は明るい。そして、これからも女性のこまやかな視点に立った提案を積極的に行い、時代を的確にとらえたスピー ド感のある商品開発に力を入れていきたい、と抱負を語った。